明治維新と阿片の関わり

明治維新と阿片の関わり

私は臍曲がり。だから社会の通例を素直に受け止める事が出来ない。

さて、別に阿片について何かを語る気持ちなど何も無かった。しかし、私は過去に大麻取り締まり法違反というペナルティを受けている。そこで、その法律の生い立ちを調べるうちに出くわしたのが阿片なのだ。

ただし国内の現代史に阿片に関する資料は、あまりみうけられない。

んなわけねぇだろう

江戸末期、薩長土肥によるクーデターの軍資金の出所は京都の公家衆の援助だけだったのか。

徳川は、かたくなに鎖国をつらぬき、その結果、幕府弱体化させ。一方、薩長土肥は、鎖国なんてなんのその。幕府の目を盗み御禁制の品を密輸入。

その品が何処に流れたかは容易に想像出来る。断っておくが私は歴史学者ではない。であるから、ここで述べる事に、なんの根拠も無い。だが、しかし、人の考える事など古今東西たいした違いは無い という極めて単純な思考による憶測なのである。

さて幕末を にぎわかした人々は何れも維新後には姿を消してしまうのだが、歴史上の事実は ともかくとして、ここに阿片が重要な役割を になっていたとは考えられないか。

彼等の役割を独断偏見で考えると、御禁制の品々は、海援隊(長崎)により松下村塾(長州)に陸揚げされ、坂本竜馬が荷を金に変え、軍資金として西郷隆盛に渡った。と、なんとなく話は繋がる。

勿論、長州は尊譲派追放に あっているし、薩摩藩を中心とする長州討伐にもあっている。 その西郷隆盛も維新後、西南の役においては国賊として扱われ没する。

なんだ、この矛盾。 しかし麻薬をとりまく組織抗争だと考えると内乱の矛盾など簡単に解決出来るでないか

隣の中国のアヘン戦争後の政情をみて、わが国ではアヘンの吸烟を禁じた。府藩県高札に掲示 違反者の刑罰  死刑となる。

もしほ草(1月13日)は、支那国風聞としてアヘンのことを記した後に

「爰に日本国にとりて幸い中の幸いなり」というのは日本が、まずアメリカと国交を結びアヘン輸入を認めなかったからであり、もし他の国と先に条約を結んだなら おそらくアヘンが持ち込まれたであろう 。とある。

ここに書かれていることが事実だとすると日本に阿片が陸揚げされてない ことになるが、最初に述べたとうり、私は臍曲がりなのだ。話は飛ぶ。

以前、映画の名前や演じた俳優の名前を忘れたが、”モロッコの辰”が出てくる映画があった。この人は、戦後まもない頃、横浜にいた不良なのだが、ヘロイン中毒でもあった。しかし映画の中ではヘロイン中毒でなくシャブ中毒として描かれていた。

ちょっと待って。ペイ中とポン中とでは全く違うだろ。なのに、何故ポン中として描かれたのか。そこで考えた。もしかして日本では、ヘロインや阿片を 映画や文学の中で取り上げることがタブーとされているのではないか。覆い隠している歴史を守る為に。そして覆い隠している歴史こそが日本の現代史の表舞台 に出てくる事の無い阿片なのではないかと・・・。何故隠す必要がある。話は戻る。

もっとも阿片を扱う事は1868年以降、命がけなわけで、あえて禁を犯してまで阿片を扱う者が いたかどうか。しかし隣国、中国では阿片戦争や上海や香港の租界における阿片窟は有名な話である。昭和に入ってからは、朝鮮労働者の移入に際してモルヒネ中毒者に非ざること。

1、就業確実と認められること

2、船車の切符代その他必要なる旅費を除き、60円の余裕があること

3、モルヒネ中毒者に非ざること

4、労働ブローカーの募集に応じた渡航に非ざるもの

と条件にあげてるとうり、朝鮮にも阿片の需要があったと伺い知れる。もっとも日本人とて指をくわえて阿片の利得を見過ごしていたわけでない。ご多分にもれず中国各地で阿片売買に手をそめ巨額の富を築いた者もいる。そして、その金の一部は関東軍に流れるのだが。

おいおい、私たちは明治以降の外戦を、それぞれ別な物っと習ったぞ。ここに全て阿片の利得が絡んでいると仮定したら、日清、日露は縄張り争い。それ に勝ち、満州事変は租界に出遅れた日本が中国内陸部に阿片拠点を置こうとして起きたもの。それぞれの世界大戦は日本の仁義なき行いに怒った世界各国が日本 に制裁を加えようと起こし。ちょっと待って。

阿片拠点って日本で取り扱いを禁止されてる阿片をいくら中国だからといって・・・。まるで公武合体によるクーデター。え、まさか、だとすると。

太平洋戦争は戦争(クーデター)を終わらす為の戦争。結果、華族制度の前面的廃止、A級戦犯の処刑。幕末の尊王譲位派の建前が起こした悲劇。ここに阿片が絡んでいたら、そりゃ歴史の表舞台に出てこないな。

佐高信さんの著書”私の読書日記”に記載されてる田中彰さんの著書”未完の明治維新”の紹介文に、次のようなことが書いてある。

田中(田中彰)さんの”未完の明治維新”は当時全国民の約八割を占めた農民にとって”維新”は”裏切られた”革命であった こと。農民から見れば”維新”は支配する者の権力争い 仲間ゲンカに過ぎず 明治になっても たとえば”夜明け前”の主人公 青山半蔵のつぶやきのよう に”夜はまだ暗い”もので あったことを”ニセ官軍”として斬首された赤報隊の相良総三の軌跡などを通してするどく描いている この本によって あるいは私は史観をもつことの大切さと面白さを学んだのだったかもしれない 当時NHKテレビで放映されていた”竜馬がゆく”には幕末期 に八割を占めた農民が ほとんど一人も出てこなかったのである

私の読書日記 佐高信 著

やっぱりな。江戸幕府が倒れ、鎖国が解かれ、新しい日本を待ち望んでいたはずが、表向き武家の支配から公家の支配にかわり都落ちで長く息を潜めていた平家がまきかえす。

神仏分離会と神道国強化政策は神職、国学者に力を与えることになり、彼等や地方官吏がリーダとなって仏教排撃運動を展開した。

士族の反乱(熊本・福岡・萩)が執行され徐々に公家と商家に都合よい国家が形成されていく。そんなはずでは、と新しい日本を期待いていた人達は現状に幻滅。こうなれば鎖国が解かれた今、海の外に理想郷を、と思いつき、坊さんや武士や等がどんどん中国に渡る。

しかし各々の新国家に対する不満は別物。そこで思想の統一を考えた反乱分子は、なぁなぁなぁーんと系譜の途絶えている南朝を擁立することを思いつく。現に支配の為の思想統制の1つとして、

等と言いだす議員が出てくる。国内では産業革命の名の元で内需が どんどん拡大されていく。ここで生まれたのが新たな差別制度。そこで執られたのが、
韓国人の

その一方国外では国内で禁止薬物の阿片を元手に金儲けする輩が続出。

石本貫太郎
太連でアヘン売買所を開設 莫大な富を得る(1907)
アヘンの個人取引が禁止(1915)になった為アヘンから手を引く

藤田勇
青島、済南でヘロインの密売で儲け東京毎日新聞等を買収、再建この外、茨城日報、静岡民友、三重新聞、名古屋日報等にも出資。フィクサー活動を始めた。そ して出身地(福岡県小倉)の旧藩主、小笠原長幹を通じて貴族院の繋がりを持つ。更に紙面で大本教の紹介記事掲載、出口王仁三郎とも親しい間柄になった (1916)。
済南において北洋軍閥張作霖と組んでヘロインの密売で巨額の利益を得たと言われている(1925)。

榊原政雄(1932)
奉天に広大な農場を所有 自分の農場を国賊の襲撃から守るため馬賊あがりの連中を集めて私兵ををつくった
(ちなみに戦後、日本で一斉風靡したカミナリ族は都会で生まれた物でなく、 田舎の農道をマフラーを切ったバイクで暴走行為をしていた若者達から名付けられた物である)。これらの資金捻出を目的に農場敷地内にケシ畑とアヘン製造工 場を造りアヘン製造に乗り出しヘロインの精製を行っている。さらに奉天域内店舗を構えて”強盗免許所”という看板を掲げ、アヘンや故買品の売買を行った (ちなみに秋田県生まれ同志社大学を卒業し牧師の免状を持っていた)。

このアヘンも1年後には関東軍へと流れ、さらにその儲けは軍需費用にばける。日本の内需とは別にだ
おかしいと思うだろ、おかしいんだ。国内と国外で日本は完全に二分されている。 そして、

徹底した収奪、土地を取られて満州へ出稼ぎ、流民。とうとう韓国人まで満州に送り出すのだが、韓国人の満州での
生活状況が描写されてる書物や映画を知らないのでので想像するしか仕方ないが、もし今日の下請制度のようなものであるのなら、かなり悲惨だったに違いない。

原子爆弾は広島と長崎に落とされた。広島には大本営が置かれていた。それでは長崎には何があった。長崎には、韓国漂流人取扱規則発布(1868)日 本人が朝鮮へ漂流の際は同地にある対馬藩の詰所へ送り届け、朝鮮人が日本に漂着した時は長崎に送り、 対馬藩役人に引き渡す、等があった。日韓併合後も続く戦乱の締めくくりに落とされる原子爆弾は日韓征伐でなかったのかと考えてしまう。

4千年に及ぶ中国歴代の王朝制に終止符。これで近隣二ヶ国の帝国主義が崩壊し、そして

これより30数年後、日本の帝国主義も崩壊する。

おそらく日清戦争には日本なりの大儀があっただろう。しかし、そこには阿片のもたらす既得権益が韓国を植民地化し、中国に満州国を造ったのも事実なのだ。

明治維新における阿片のになった役割とは、100年近くも戦乱の火を絶やさず、結果3ヶ国(満州を含めると4ヶ国)の帝国主義を崩壊さした以外何者でもない。もし日本の中国侵略に正義があったとしたら、清王朝の流れをくむ
北洋軍閥の重鎮、張作霖を関東軍の河本大作が暗殺したことである。この行為は中国共産党の始祖とも考えられる国民政府軍に力を与えることになったのであ る。ここで止めておけば、ある意味大儀がたった。しかし、侵略政策として行われたのだ。結果、太平洋戦争まで続く戦禍の種となった。残念なことである。

最後に、マリファナ常用者であった、この国では極めて少数の部類に入る歴史観を持つ私の未熟な文章に、お付き合い いただいた皆様に感謝の念を抱くと共に、今日 、誰もが維新の立役者として崇めていると思われる方々に歴史上なんの裏づけもないのに関わらず阿片との関わりを疑うような<ことを書き、さぞ、ご立 腹であろう。しかし、歴史には、一つの見地による見解でなしに、各々の立場で、いろんな考え方、もしくは考える自由があると理解いただければ幸いだ。

【引用 及び参考・書籍】

・昭和、平成 家庭史年表 1926→1995

下川耿史 家庭総合研究会 編 河出書房新社

・明治、大正 家庭史年表 1868→1925

下川耿史 家庭総合研究会 編 河出書房新社

・なぜ「戦争」だったのか 統帥権という思想

            菊田均 著 小沢書店

・朝日クロニクル 第1巻 日露戦争と第1次世界対戦

                    朝日新聞社

・朝日クロニクル 第2巻 恐慌・革命・関東大震災

                    朝日新聞社

・朝日クロニクル 第3巻 大陸の野望

                    朝日新聞社

・朝日クロニクル 第4巻 日米開戦と破局

                    朝日新聞社

・朝日クロニクル 第5巻 冷戦化の独立

                    朝日新聞社

・読める年表 日本史       自由国民社

・其の逝く処を知らず 阿片王・里見甫の生涯

            西木正明 著 集英社

・ドキュメント 昭和 世界への登場

 2 上海共同租界 事変前夜

 NHK”ドキュメント昭和”取材班編 角川書店

・小百科辞典              平凡社

【引用 及び参考・サイト】

,Wikipedia


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